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小ネタ「平成最後の夏」(ほんとは春)

 磯の匂いのする風に髪をなぶられながら、彼女は顔をしかめる。
 僕は浜辺を歩きながら、スニーカーに入った砂が気になっている。

「海だぁ……」
「そうだね。海だね」

 一際強い風に二人で震えた。
 彼女は「ひゃあああぁ」と間抜けな声を上げながら階段を駆け上がり、堤防の向かいにあるコンビニに駆け込んでいった。
 取り残された僕はもっと間抜けだ。所在ないので後を追う。

「あれだけ海海言ってたのはあんたなんだからもっと喜んでもいいのでは?」
「ごめん。平成最後の海、思ったより寒かった」
「素直だなぁ」

 品ぞろえの寂しくなったホットドリンクの棚の前、二人で手を擦って温める。
 同じ缶コーヒーを買って店を出た。

「俺が来たかったのは平成最後の夏の海だったんだよ」

 堤防に缶を置いてよりかかると、ひんやりと湿っぽかった。
「うわあ」と服を払うと彼女に苦笑いされた。

「知ってたな?」
「言う前にそうなった」

 波の音はおとなしい。瀬戸内の海は黒くて静かなのだ。

「元号変わるだけでみんな浮かれすぎだと思う」
「クールだなあ」
「受験やら何やらであっという間だったし」
「そりゃねえ」
「正直、お祭りムードに乗り損ねた感はある」
「世間が激動してようがしてまいが、俺らにとっちゃ激動の年に変わりはなかったもんな」
「そういうこと」

 溜息が漏れた。平成最後。海に来たのはいい。来たのはいいんだ。だけど足りないんだ。

「これが夏ならなぁ」
「どの夏に来たって同じでしょ」
「見たかったなぁ。平成の終わりに君の水着」
「うわぁ~。エロマンチストだぁ~」

 ぐうの音も出ない。
 僕はそういうイベントっぽい空気に浮かれながら肌色の多い彼女が見たかったのだ。

「ああ……夏は終わったなぁ……」
「そうね。九月、十月……八か月ほど前に終わったね」

 わざわざ指を折って数えてくれる。
 受験生の夏だった。遊びに行く予定なんて考える余地はなかった。

「令和最初の夏は付き合うからさ。今日の平成最後の海はそれとして楽しんで帰らない?」
「それいいっすね。何する? 砂浜にハート描く?」
「恥ずかしいから却下」
「砂山作って破壊するくらいしか思い浮かばないんだけど」
「いいわよ。更地にしてあげる」
「ええ~? 君は壊すだけ~?」

 結局向かい合って砂山を作っている。
 湿った砂で指がどんどん冷えていく。
 やってることの幼稚さと裏腹に、目を伏せながら黙々と砂を固める彼女はきれいだと思った。

「ところでさ」
「なに?」

 彼女は汚した指で触らないように、手首で鼻の下を掻く。

「この後はご一緒に令和最初の朝を迎えない?」
「なんか不敬だからやだ」
「ですよねー」

 僕は立ち上がって山を踏み、背伸びをした。
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