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お題「雨の音」

冬の雨は冷たい。
雲行きが気になってちらちら外を眺めていた。
傘を持っていても天気は気がかりだ。
補習が終わって玄関に行くと、彼女が途方に暮れたように立っていた。
静かな雨の降りしきる空間をぼうっと見つめる気だるい眼差しは、しっかり焦点を結ぶいつもの彼女とは程遠い。
蛍光灯の明かりのせいか、頬が少し青白く見えた。
儚いな、と思った。
彼女は思い立ったようにマフラーを解くと、頭に被った。

「傘ないの?」
「わっ」

走りだそうとした一歩目をしくじったせいで、彼女は転びそうになった。
ローファーの靴底はよく滑る。

「もう、びっくりした」
「いや、つい」

「つい」何をしたかったんだろう。

「家まで走る気? 元気だなぁ」
「走るしかないじゃん。いつ止むかわかんないし」
「入っていけばいい」

傘を差し出した。
幸い、補習を受けた生徒は少ない。
別に見られたところで、どうということはない。
みんな受験で手一杯だし、その受験も終わってしまえば卒業するだけだ。

「な、なんか悪いしさ! 私が持つよ!」

傘の柄をもぎ取られた。
いまいち格好がつかない。

しばらく歩くと、しゃくしゃくと足音がするようになった。

「みぞれだ」
「雪になるね」
「うん」

寒さから口数が少なくなっていく。
街灯の下を通ったとき、彼女の指が赤くなっていたので使っていた軍手を片方を渡した。

「わー、指先が余るー」
「そこは我慢して」
「ぬるい」
「優しさとはぬるいものなのさ」
「まあいいや。ありがと」

さらに歩いていると、傘に当たる雨音が変わった。

「雨から雪に変わる音、初めて聞いたかも」

彼女は街灯に傘をかざして、裏から傘に乗った雪を見る。
学校を出たときからずっと息は白い。
明日の朝には何もかもが白い。

「それは可愛い気付きだね」
「気付きに可愛いも可愛くないもないでしょ」
「俺の主観ではあるんだよ」
「そう言われるとそうですかとしか言えないなー」
「うん。そうなんだと受け入れてくれ。多分、君も聞いたことはあるんだよ。気付かなかっただけで」
「ほんとに? その瞬間、私が外にいたことがないって言い切れる?」

つんとあごを上げて俺を見てくる。
いつもの強い目だ。
きゅっと結んだ唇が乾いている。

「その理屈は可愛くないね」
「ルールのわからないスポーツを見ているようだ」
「そう簡単に理解されちゃたまんねえよ」

今更傘を取り返すのもなんだし、肩を抱いた。
袖が濡れていた。

「ちょっと、これはアレじゃないですかね」
「まあまあ。お受験前に風邪引いちゃなんだし」

彼女は大人しくそのまま歩く。
何を考えているのか。
訊きたい。
進路はどうするのか。
地元に残るのか。県外に出るのか。
どこに行くのか。何をするのか。
訊くのは怖い。
彼女が遠くに行くつもりなら、それはいつまでも曖昧であってほしい。

「あんたさ、大学」
「うん」
「どこいくの」

地元の国立大の名前を挙げた。
「ふうん」と、彼女は唇をとがらせて何度かうなずいた。

「前に言わなかったっけ?」
「確認したかっただけ」

分厚い雪雲のせいで月も星も見えない。
灯りは少ない街灯と、時々通る自動車のライトくらいだ。
彼女の家が近い。

「ありがと。ここからは、ちょっと走ればほんとにすぐだから」
「君、走るの好きね」
「なんかさー、思うんだよね。革靴で走れるのって女子高生の間だけなんじゃないかって」
「大人になったらハイヒール、みたいな?」
「うん、まあイメージだけど」
「君が走りたかったら走ればいいよ。怪我しなきゃいい」
「怪我したら?」
「おんぶしてあげよう」
「うわあ恥ずかしい」

彼女は俺の手に傘を押し付ける。
俺のものなのに、返してもらうのは惜しい気がした。

「で、君はいつ俺の愛に気付いてくれるの?」
「やだぁ、もう」

いつもの軽口のひとつと思われたんじゃ仕方ない。

「本気だって言ったらどうする?」
「『さっきから気付いてた』って言う」
「さっきィ?」

えらく具体的だ。
彼女は僕の、傘からはみ出ていた方の肩に触れる。

「濡れないようにしてくれたのも、手袋っていうか、軍手貸してくれたのも、ほとんど半分濡れても全然文句言わないのも」

冷たい指が手を握る。
初めて、感覚が鈍くなる程自分の末端が冷えていたことに気付いた。

「あんたが言うところの愛でしょ」
「その根拠は可愛いね」
「でしょ?」

彼女は僕のマフラーを掴んで引き寄せ、軽く唇で唇に触れた。

「私、あんたと同じ大学受けるの。落ちるかもしれないけど、今はそんなこと考えない」
「いい考えだね」
「あんたは私より賢い。先を走ってて。追いつくから」
「うん」
「それが私の愛よ」
「うん」

女子高生が最強の生き物なら、彼女は最高の生き物だ。

「結局家まで来ちゃったね」
「こんなこともあるよ」
「おやすみ」
「おやすみ」

こんなことで生きていける気がするんだから、俺だって最高かもしれない。
冬の夜道。
灯りがあれば足元は灰色のシャーベットだろう。
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「人を楽しい気分にさせることは素晴らしいことなんよ」を座右の銘にがんばります。
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