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ブルーハワイの呪い(お題「青」)

 卯月を夏祭りに誘ったのは、受験勉強の息抜きと高三の夏くらい「それっぽい」ことがしてみたかったからだった。
 冗談半分で「浴衣が見たい見たい」とごねたところ、本当に着てきてくれた。紺の生地の浴衣に金魚が泳いでいる。髪は長さが足りなかったようで、アップにはできなかったらしい。普段はつけられないような、大きな花の髪飾りがついていた。

 通りの両脇を埋める屋台の灯りと、遠くに聞こえる太鼓とスピーカーから流れる盆踊りのサウンドは相当「夏」してるし、何より隣を歩く卯月の髪にささっている飾りが視界の端でちらちら遊ぶのがゴキゲンだ。
 体に響くのは太鼓とスピーカーからの低音だろう。鼓動でなんかあるものか。今更緊張なんかしてないぞ。してないんだからな。

「結構ノリノリだな」

 何気なく卯月の髪飾りをつついた。

「気分だもんね。気分」

 あごをつーん、と上げて拗ねた視線を送ってくる。その様子は得意げなポーズをとる猫のようで、僕は気に入っている。

 僕も浴衣なり甚平なりそれなりの格好をすればよかったのかもしれないが、それでは浮かれすぎているようで、妙なプライドが邪魔してTシャツにジーンズという変わり映えのない服を選んだ。
 そんな自意識過剰でシャイボーイな僕がしっかり卯月の手を握れているのは、
「藤堂、あたし金魚すくいやりたーい」などと言いながら結局スルーしてみたり
「藤堂、わたあめ」と、わたあめの屋台に向かいながら二、三歩歩を進めたところで
「藤堂、くじ」と方向転換したり、そうかと思えば
「藤堂、りんご飴」といきなり立ち止まってすれ違った女の子の持っているのを指さしたりして、隙あらばあっちこっちフラフラしようとするのを捕まえておかないといけないからだった。

「頼むからもうちょっと大人しくしててくれよ」
「フリーダムなあたしが好きなくせに」
「卯月、限度って言葉知ってる?」
「失礼だな。あたしは賢いんだぞ」

 とはいえ、歩きラムネしながら片手に女の子というのは気分のいいものだった。

 一通り見て回ったところで、卯月が縁石につまづいた。
 その場では平気そうだったけど、しばらく歩いていると遅れたり顔がこわばったりするようになった。
 人通りの少ない脇道に手を引いた。すぐに座らせることはできないけど、立ち止まるだけでも少しは楽になるはずだ。

「足痛いんだろ」
「大したことないのに」

 首を傾げて困ったような顔をする。

「我慢するなって。見せろ」

 見辛い街灯の明かりを頼りに卯月の足に傷がないか確かめると、足の親指の爪に血が滲んでいて気分が悪くなった。

「これ剥げてるんじゃ――」
「剥げたらもっと痛いよ」
「剥げたことあるのかよ」

 想像してブルっときた。

「薬局は近くにないし、コンビニもちょっと歩くな……」
「これくらいなら帰ってから手当できるから平気だよ」
「歩くのに思い切り支障出てたよな」

 「ぐっ」と卯月が何か飲み込んだ。

「この程度で痛がってるようじゃ上には行けないんだぞ」

 負け惜しみか。何にも負けてないだろうに。

「帰宅部が何の上を目指すんだよ」
「弥生はインターハイに行ったけどね」

 と、卯月は唐突に弟の名前を出した。その弥生と僕とは友達だけど、今その名前を出されるとちょっと萎える。
 「友達のねーちゃん」と付き合うっていうのはこういうことなのかもしれない。

「あいつは空手部だろうが」

 肺の空気を全部吐き出して頭を振るとくらくらした。

「帰りが混雑する前にさっさと退散するぞ」
「いいの? まだ見たいんじゃないの?」
「ざっと見たからな。雰囲気は楽しんだからいい」
「そっか」

 やっと納得してくれたらしい。

「あっ。ねえ、藤堂」
「今度はなんだよ」

 お願いだからその足でうろつきたいなんて言わないでくれよ。

「あたしあれ食べてみたい」

 と、屋台裏の縁石に腰掛けてかき氷を食べる女子中学生コンビを指した。

「かき氷食ったことないの?」
「かき氷はある」
「食べてみたいって食べたことないみたいな」
「青いのは食べたことない」

 その子達が食べているのはブルーハワイのかき氷だった。

「じゃあ買ってきてやるから、動くんじゃないぞ。いい子にしてるんだぞ」
「また子ども扱いしてー。あたしの方が誕生日早いのに」

 生返事もせずに歩き出した。卯月とのお喋りはキリがない。

 屋台でおじさんに頼むとき、自分の分も注文するか迷ったけどさっきまでラムネを飲んでいたので卯月の分だけ買った。
 卯月のところに戻ると、彼女は街灯の柱にもたれて目を閉じていた。
「買ってきたぞ」と頬に氷の入ったプラカップを押し付けた。

「うお!?」
「もうちょっと可愛く驚けよ」

 なんだか力が抜けてしまって、でも地べたに座るのにも抵抗があってそのへんの塀にもたれかかった。
 卯月は礼をいって受け取ると、先がさじになったストローで青い氷を口に運んだ。
 暗くてわからないけど、きっと目はきらきらしてたんだろう。
 卯月が甘いものを食べるときはいつもそうだ。

「美味いか」
「うん。ありがとう」
「よかったな」
「でもこれ、何味なのかな」
「何だろうな」
「よくわかんないけど、夏って感じの味だね」
「……夏味?」
「夏味はラムネじゃない?」
「俺はそれに共感できる自分に戸惑うよ……」
「これが概念ってやつなんだね」

 変な感心の仕方で、少し笑ってしまった。
 卯月のかき氷がある程度減ったところで、帰ることにした。
 しゃがんで振り返る。

「さ、帰るぞ。それなら揺れてもこぼれないだろ」
「ええ……あたしまたおんぶされるの?」
「君が足を怪我するのがよくない。かといってその状態なのを知っていて歩かせるのも俺の良心が痛む」
「でもこの前迷惑かけたし悪いよ」
「お前なあ……」

 卯月はいつもこうだ。僕を振り回すくせに助けを求めてくれない。

「頼るのもサービスだと割り切ってみたらどうよ。俺は多少疲れるかもしれないけどモヤモヤした気分は残らずに済むんだぜ」
「藤堂のお節介」
「お節介な俺が好きなくせに」

 「着崩れしちゃうなぁ」と口の中で呟くと、卯月は氷のカップを片手にもったまま僕におぶさった。
 バスターミナルまで歩くくらいなら苦じゃない。
 カップに結露していた雫がTシャツの胸を濡らした。

 以前送り届けた卯月の家までの上り坂を思えば、この道は平地なのでつらくなかった。
 「お疲れ様でしたー」と、バスの待合所のベンチに卯月を下ろした。
 「お疲れ様でした」と卯月もおじぎをした。

 花火の上がる音がする。さっきの祭の会場からだった。
 夜空にぱっと開いて、ばらばらと余韻の音を残して消えていった。

「離れても見えるもんだな」
「だね。……暑いとうんざりするけど、やっぱり終わると思うとちょっと寂しいかもね」
「夏が?」

 「夏が」と、卯月はうなずく。

「お盆が終わったら甲子園が終わって、夏休みも終わって――」
「その先は言わないでくれ。今日は現実を忘れると決めたんだ」
「来年はあたし達、高校出てるから甲子園球児も年下になるんだよ」
「ああ……中学までは皆おっさんくさく見えてたのに、あっという間にプロ注目選手が同い年だもんな」
「何かすごいことがしてみたいな」
「すごいことかぁ」

 卯月は足をぷらぷらさせた。脱げかかった状態でつま先に引っかかった下駄が、飛んでいきそうで危なっかしい。

「そうだ。呪いをかけよう」

 思わず噴き出した。完璧な不意打ちだった。

「呪いって、君ね」
「日本人の肩こりは夏目漱石の呪いなんだ」
「また突拍子もないことを」
「夏目君が肩こりっていう言葉を使ったせいで、日本人は『あ、この痛みと張りは肩こりだわ』って自覚してしまったんだ。肩こりという概念を植え付けられたからよ。これが呪いじゃなくてなんだっていうんだ」
「なるほどね。で、どんな呪いをかけようって?」

 あんまり力説するので先を促した。

「こいつを夏の終わりの味にします」

 と、ほとんど溶けてぐずぐずになりかけているブルーハワイのかき氷を突き出した。

「どうやって?」

 卯月は僕と目を合わせると、無言で青い水を口に含み、僕の首をつかんで引き寄せた。
 何も考えられず、何もできずにそれを口で受ける。一瞬で口の中が甘酸っぱく、冷たくなった。

「こうやって」

 少し失敗したのか、唇の端から垂れた液体が喉を伝って落ちようとしていた。
 浴衣についたらしみになるとかそんな発想だったと思うけど、急いで拭くなり何なりしないといけないと考えて、咄嗟に卯月の首に口を付けていた。

「ねえ、藤堂。なに?」

 青い筋に沿って舐め上げる。卯月がくすぐったそうに声をあげる。
 しょっぱかった。そりゃそうだ。夏だもの。汗くらいかく。
 口を離すと、卯月の首に待合の蛍光灯の明かりが反射して、濡れたところが光っていた。ブルーハワイの溶けた水の代わりに僕の唾液でついた筋だった。

「何考えてんのよ」
「いや、浴衣まで垂れたらクリーニング高くつくかなとか」
「現実は忘れるんじゃなかったの?」
「ああ……確かに今はいろんなものがどこかに飛んでたな……」
「やった」

 勝ち誇った笑みを向けてきた。
 今、ブルーハワイのかき氷が夏の終わりの味としてインプットされたということは、僕らは一緒にそういう呪いにかかったってことだ。
 それは認識の支配でもある。僕の海馬の一部の支配でもある。
 卯月がそれを喜ぶってことは、彼女にも昏い欲があるということだ。
 それが無性に嬉しかったので、僕も昏い欲を表出させる。
 卯月の苦しむ顔が見たい。卯月に息を荒げさせたい。

「卯月、舌出して」

 卯月は不思議そうにしていたけど、言われるままに青く染まった舌を出す。
 最初は驚いて抵抗しようとしたみたいだけど、それも止んで、卯月は僕のTシャツの裾を握りしめている。
 つかんだ肩から不規則な痙攣が伝わる。

 卯月の呪ったとおり、彼女の青い舌は夏の終わりの味がした。


【後日談あります】→呪い合った僕らの秋の終わり



後日談です。→『呪い合った僕らの秋の終わり』
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