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女「言ったった言ったったwwwww」






―――――放課後―――――

僕は母の日以外に花屋に行ったことがない。
自意識過剰とわかっているが、男一人で行ける気がしない。
目的もなく一人で店に入るのは苦手だ。
となると、必要なのは彼女だ。

「志乃、暇なら付き合ってくれ」

「いーよー」

彼女は大きく伸びをしながら気持ちよさそうに答えた。

「どこ行く?体育倉庫は運動部に見つかっちゃうよ」

例の花の匂いが、むっと立ちこめた。頭がくらくらする。
なんで周りの生徒は平気なんだ。

「貴様、勘違いしているな」

彼女は、露骨に期待はずれといった顔をする。

「そんな顔してもダメー」

「ケチー」

「どうするんだよ。来るのか来ないのか」

「キャー、私をどこに連れて行く気? ラブホ?」

「そうしたいところだけど、お前は入り口で引き返したがるだろうな」

「そうかなぁ」

「そんな気がする」

(どうも僕をセクシャルな目で見てくれてる感じがしないんだよな……)

「じゃあ、どこ行くの?」

匂いが弱まった。志乃の気が散ったせいか。

「は……花屋」

彼女なら笑わないと思うけど、少し気後れする。

「園芸な趣味あったっけ?」

「ないけど。お前にと思って」

(お前に似た匂いの花が欲しいと思って、とは言えないな)

「ほんと?」

(お、意外と好感触)

予定になかったけど、嬉しそうにされるとその気になる。

「部屋に花くらい飾ってはどうだろう」

「わーい、飾るー」

「じゃ、行くか」

「ごーごー花屋さーん」

彼女は歌うように言って、席を立った。


―――――花屋―――――


僕は困っていた。
彼女に同行してもらうところまではよかった。
しかし、これでは花の香りを確認なんてできない。

(一人で来ても同じことか……)

「私これがいい」

彼女が持ってきたのは丸いサボテンだった。
トゲが包帯に引っかかりそうで危なっかしい。

「緑じゃん」

「緑ですとも」

「いいのか、花じゃなくて」

「花は好きだけど、枯れるのがねー」

「また買ってやるって」

彼女は少し納得いかない様子だった。

「長く置いとけるのがいいの」

「なるほどねー」

会計を済ませて歩きだした。

「帰ったらサボ子の育て方調べる」

「うんうん。育てておくれ」

「巨大にする!」

「それはちょっと……」

「ありがとねー」

彼女は機嫌よく礼を言った。
これで300円(税別)なら安いものだ。
雑貨屋の前を通ったとき、一瞬あの匂いがした。
今の彼女がエロスなことを考えているとも思えない。

(アロマなんとかの発想はなかったわ……)

「志乃、あそこ寄っていいか」

「いーよー」


―――――雑貨屋―――――

(参ったな、思ったより種類がいっぱいある)

「なに、アロマな趣味があったの?」

「ないけど、お前の匂いが気になってなー」

「うわー。ヘンタイだー」

彼女は小走りで店内のどこかに行ってしまった。
適当に冷やかしたら戻ってくるだろう。

僕は「彼女へのプレゼントです」といった体を装って物色する。
いくつか嗅いでみたところで、「これは」というのに当たった。

(イランイラン……)

その場で携帯を出して検索する。

「どう? 見つかった?」

「ああ、これ」

サンプルのキャップを取って鼻に近づけてやる。

「……えへ」

「その顔はやめなさい」

「なにこれ、いい匂い」

「イランイランなる花の中の花らしい」

「へー」

彼女はまだ、すんすんと嗅いでうっとりしている。

「買うの?」

「いや、何の匂いか知りたかっただけだから」

(こいつの前で買うのもな……)

「効能なに?」

「リラックスと催淫効果だそうだ」

「そんなものを嗅がせてどうするつもりだ」

「いや、そういうつもりでは」

むしろそれはこっちの台詞だ。


――――――――――

「そういえば、南の通りに出たことある?」

「あっちはオフィス街だからなー。あんまりないな」

「おねーさんの事務所行ってみたい」

「あそこ地価高そうなのに……儲かってるんだな」

あの界隈は、大企業の支社やきれいなオフィスビルがたくさんある。
そこに事務所を構えるとは、お姉さんは立派に順応しているようだ。

「お姉さん、仕事何してるの?」

「確かセラピストだったかカウンセラーだったか……」

(うわぁ、あんまりお世話になりたくない)

「うーん、とにかく人の話を聞くらしいよ」

そうこう言ってるうちに、オフィス街に出てしまった。

「仕事の邪魔になるだろ」

「今日、午後は休みだってさ」

そう言いながら彼女はろくに知らない土地をどんどん歩いていく。
こうなると僕はついていくしかない。
薬局と喫茶店の間の雑居ビルに入っていく。
エレベーターに乗り、彼女は6階のボタンを押した。

~ナオミの部屋~

ネーミングに引いた。

「まさかエッチなお店じゃないよな」

「まじめなお店だよ」

「お姉さん、ナオミっていうのか」

「いや、お店の名前考えるときに、脳内でナオミ・キャンベルがしつこく歌ってたらしい」

「wanna make love, wanna make love song, hey baby」

裏声で問題のフレーズを歌ってみる。

「そうそのナオミ」

「お姉さんいい加減すぎだろ……」

―――――ナオミの部屋―――――

うわー、来ちゃったよ、ナオミの部屋。
すりガラスに「ベルサイユのばら」のタイトルみたいな金のフォントで書いてある。
どう見ても癒しを求めてノックするドアじゃない。

「これは入りにくいな……」

彼女は僕に構わず、インターホンを押していた。

「……はい」

お姉さんのかしこまった声がする。

「おねーさーん、志乃ですー」

「あら、妹。待ってなさい、すぐ開けるわ」

気のせいか声が弾んでいる。
彼女が志乃のことを可愛いと言うのは本心かもしれない。

「いらっしゃい。今日はもう休むから、上がっていきなさい」

お姉さんは白衣にタイトなワンピースを着て、パンストににピンヒールをはいていた。

「女教師ものの撮影でも?」

「ファックファック」

志乃のリバーブローが軽く2連続で入る。

「すいませんでした」

脇腹をさすりながら頭をさげた。


「中は意外と普通ですね」

クリーム色がかった白を基調としたインテリア。
白い百合の花が生けてある。
女性に受けそうだと思った。

「適当に座りなさい」

僕は遠慮がちに腰を下ろす。
志乃は僕の隣に深く腰掛けると、僕の肩に頭を乗せて脱力した。

「くつろぎすぎだろ」

「おなかすいた……」

「もう夕方だもんな」

「おなかすいた」

ここは肩でも抱くものだろうが、ここはお姉さんの職場なのでそうもいかない。
結局どうしていいかわからず、膝に手をついていた。

お姉さんがトレーにお茶を乗せて戻ってきた。

「あら、ラブいわね」

急に恥ずかしくなる。

「志乃が腹減ったそうです」

なるべく色気のないことを言ってごまかした。
お姉さんはテーブルにポットとカップを置く。
ガラスのポットの中で、茶葉が花のように開いている。

「きれいですね」

「ジャスミン茶。落ち着くわよ」

ああ、客(患者?)にくつろいでもらわないと話が聞けないのか。

「お姉さん、仕事は何を?」

「セラピスト兼カウンセラー兼探偵ってところね」

(わーお、超うさんくさーい)

「人間の職業で近いものを挙げただけよ」

僕の思考が顔に出ていたのだろう。彼女は補足した。
志乃が妙に静かだ。

「志乃、どうした」

「燃料……きれた……」

「定期的にとは聞いてますけど、こんな短いスパンで底をつくんですか?」

そうだとしたら燃費が悪すぎる。
さっきまで元気そうだったのに、今は顔面蒼白だ。

「さあ? この子一昨日死にかけたばかりだし、回復に必要なんじゃない?」

――自分の内臓と走馬燈見ながら、願っちゃったんだ。

ぞっとした。

「私だって首を切られたのよ。まだ本調子じゃないわ」

お姉さんはぼやきながら首をさすった。
頸動脈の走ってるところだ。

「志乃、しっかりしろ、志乃!」

人間なら大量に輸血する大手術を終えて、集中治療室で面会謝絶じゃないか。
僕はそんな状態の志乃を連れ回してたのか。

(何やってんだよ、バカか俺は!)

「君、この子の口に指を突っ込みなさい」

突然の命令に戸惑う。

「えっ、みぎひだりどっち」

「自慰はどっち派?」

この人にとって僕のプライバシーは濡れた半紙みたいなもんだ。

「みっ、右ですけど!」

間抜けなことに正直に答える。

「じゃあ右」

「はい!」

志乃の口に指を入れる。舌が冷たい。

「さあ、存分に吸いなさい妹よ」

「……う」

指を吸う力が弱々しい。保護された子猫か。

「ちょっと……いえ、かなり疲れるから覚悟しなさい」

お姉さんが僕をにらむ。これは脅しじゃないな。
了解を得る、じゃなくて宣告だ。
帰りは何とかなるだろう。
明日は土曜だ。どうとでもなれ。

志乃の様子を見ていたが、これでは精気を吸えているように見えない。

「お姉さん、カッター貸してください」

お姉さんは怪訝そうに眉を上げた。
僕の意図を汲んだらしく、刃をライターであぶって渡してくれた。
志乃の口から指を抜き、唾液で濡れた指にカッターをあてがった。
怖い。ほんのちょっと切るだけのつもりなのに怖い。
このまま、少し刃を引くだけ、それだけが怖い。

「あの、お姉さん、お願いがあります」

「何よ」

「俺、自分じゃ切れません。だから――」

「根性あるんだかないんだか……」

お姉さんは絨毯にひざまづくと、僕からカッターを取り上げた。

「チクッとするわよ」

彼女は低く言って、僕の皮膚に刃をひっかけて軽く引いた。
少しの痛みが短く走った。
指先に血液が丸く溜まっている。

「ほら、舐めろ」

僕は再度、志乃の口に指を入れた。

志乃は舌を動かして指の血をすくった。
安心したせいか、既に精気を吸われ始めているせいか、疲れが襲ってくる。

「志乃、大丈夫か」

彼女の少し頬に赤みが差してきた。傷口から力が抜けていく。

「今日はもう大丈夫そうね。しばらくそうしててやって」

お姉さんは白衣をジャケットに着替えると、玄関に向かった。

「お姉さん、どこへ?」

「食べるもの買ってくるわ」

「ここ、留守にしていいんですか」

「鍵かけていくから。電話は私に転送されるから無視して」

「妹をよろしく」と言い残すと、彼女は行ってしまった。
少し、心細いと思った。

志乃は少しずつだが、精気を吸えているらしい。
昨夜のお姉さんみたいな凶悪な吸い方じゃないせいか、ゆるやかに眠くなる。

(あの人はワンタッチでギューンってやりおったからな……)

体が重い。彼女を抱えたまま横になった。
志乃はずっと、指を吸ったり舐めたりしている。

「うーん、指がふやけそうだ」

今の今まで必死だったから気付かなかったけど、変な気分になる。
全身がだるい割に、下半身は元気だ。我ながら呆れる。
いつまでこうしていればいいんだろう。
志乃が目を開けた。

「気がついたか」

彼女は指をくわえたままうなずいた。

不思議そうに僕の股間を見る。

「なんで?」

と口を動かしたように見えた。
悪いことをしている気分になる。

「すまん、それ、気持ちいい」

彼女は何度か指を軽く噛んで、にやりと笑った。

「あー、君の考えてること、なぜかよくわかるなぁ」

一瞬止まる。お前は猫か。

「ダメとは言ってない」

「……ん」

「もうちょっと元気になってからにしなさい」

「ん」

その代わり、彼女が元気になる頃には僕は動けなくなっているのだ。

「ごめんね」

「気にするなよ」

彼女は涙目になっている。
話せるようになって第一声がそれだと寂しい。
半人半妖になったのは生きるためじゃないか。

「泣くと疲れるぞ」

「……」

「今、生きてるんだろ」

(まだ動けるな)

「それなら上等だ」

体を反転させて、彼女を下にする。

「な、なによぅ……」

やめて。濡れた瞳で見つめないで。

「今の俺は体力がないんだよ」

寝返りを打つくらいの動作でもスプリント直後みたいに息が上がる。
呼吸が整うのを待って、彼女に口付ける。

「む――っ!」

僕の下で脚をばたばたさせる。唇を離した。

「せっかく吸った力をリアクションで浪費するなよ……」

「び、びっくりした……」

「とんでもない雰囲気クラッシャーだな、君は」

「心の準備が……」

「そこは察しろよ」

ここで萎えない自分はタフだと思う。

「やり直すぞ」

「うぅ」

「はい、もじもじしない。無駄な体力を使わない」

いくら若いといっても僕の体力だって有限だ。

「……やりづらいから目を閉じなさい」

「うえぇ……」

彼女は情けない声を出す。
でも僕は気にしない。気にしたら負け。
再開だ。

何度か唇を合わせると、彼女は少し口を開いた。
その隙間を舌先でなぞる。
彼女が焦れたように僕の舌を舐める。

また、力が抜け始める。

「ふっ……やだ……」

彼女は僕の首に腕を回して、顔を背けながら言う。
それが頬を上気させて流し目くれながら言う台詞か。

「喜ぶか嫌がるか恥じらうかどれかにしろ」

「全部ー」

「忙しい奴だな。やめようか」

「だめ、もっと!」

元気が出てきたようだが、僕は全然元気じゃない。
もしかしてエネルギー授受の媒介に使う体液って融通利くんじゃないか?

そんなことを考えたけど、思考は長く続かない。
ついでにこの、彼女の顔の横に肘をついて体を支える姿勢も、もう続かない。


「重いー」

彼女はうなりながら僕の体の下から這い出る。

「志乃……俺はもうだめだ……」

「そんな……! 何言ってるんですか! 一緒に帰ろうって約束したじゃないですか!」

「家族に伝えてくれ……愛して……いた、と……」

演技じゃなく本当にがくりと腕を落とす。

「あ、死んだ」

「殺すな」

「何、今の茶番」

「お前が始めたんだろうが」

「すごいなぁ、ほんとに力をもらってるんだー」

「そうそう。だから俺、くたくた」

「でも、あと一回くらい出せるよね?」

彼女は妖しく微笑みながら衣服越しに僕の性器をさする。
いつの間に包帯をはずしたんだ。

「出せるけど出したら死んじゃう」

「私を愛してる?」

「う、うん」

「ハイ、二葉亭四迷風に」

「死んでもいいわ」

「よし、任せて!」

「謀ったな孔明!」

僕は抵抗することもできず、あっけなく脱がされる。

「キャー。春海さん、ガチガチじゃないですかぁー」

「うぅ……うれしそうに握らないで……」

ふと、時計が目に入った。

(お姉さんが出ていって、何分経った……?)

確か最寄りのスーパーはそう遠くないはずだ。

たっぷり時間をかけて見てまわっても――

「いただきまーす」

ろくに頭が回らない。快楽に集中した方が良さそうだ。
僕は目を閉じた。

(朝より上手くなってるし……)

(なんなんだよ、こいつの学習能力は)

(こいつはアサシンに違いない)

(俺をテクノブレイク死させる気だ)

(あああああああああああああやだもおおおおおおおお)

事前に長いこと性的に興奮したせいか、えらく長い射精だった。
精液を飲む志乃の喉が鳴るのが聞こえる気がした。
余力があればもう一回お願いしたいところだ。

「……」

志乃のものとは違う気配がする。

僕は目を開ける。
僕が横たわっているソファの向かいの椅子に、脚を組んで座るお姉さんがいた。
志乃はお姉さんに背を向け、僕の性器を収納している。

「ねえ、泣いていい?」

僕は誰にともなく尋ねていた。
ほんとうに泣きたいときに限って、涙って出てこないのね。

「あの、いつから帰っていらしたので?」

「――うぅ……うれしそうに握らないで……」

お姉さんは右上の見えない何かを眺めながら復唱した。

「ほぼ始めからじゃないですか!」

志乃は「あうぅ……」とうめいて給湯室に逃げた。

「なんなんですか!もう!止めてくださいよ!」

「私は気にしないわよ」

(サバサバしてるって次元じゃねえ……)

「俺が気にするんです!」

「あ、私も恥ずかしいです……」

志乃が壁から顔だけ出して弱々しく主張する。

「いいじゃない。そもそもここは私のテリトリーよ」

それを言われると、僕には全く分がない。

「で、妹は元気になったの?」

「なりましたよ。俺が身動きできないほどに」

結局、昨日と同じか。

「妹よ、いらっしゃい。お姉ちゃん怒ってないから」

「ほんと?」

「ほんとよぅ。食欲はある?今日はカレーにしましょう」

「わーい」

(あーあー、すっかり顔色良くなっちゃってー)

「さ、手伝ってちょうだい」

なんなんだろうな、出会って3日でこの仲の良さは。
格好悪いが、多少の嫉妬を禁じ得ない。

「君は寝てなさい」

「動こうにも動けませんって」

給湯室からはキャッキャと楽しそうな声がする。
僕は少しだけ眠った。


―――カレー完成―――

「出来たわよ。いらっしゃい」

お姉さんが僕を起こしにきた。

「いいんですか、こんな白いとこで食べるの怖いんですけど」

「大丈夫よ、他の部屋があるんだから」

そう言うと、お姉さんは僕を担いで事務所の奥に連れていった。
なんとも強引な人だ。

「ほら、ここが休憩室よ」

奥に敷いた布団の上に降ろされた。
片付いた和室。この人どれだけ稼いでるんだ。

「――といっても、半分住んでるようなものね」

志乃が給湯室から皿に盛ったカレーライスを運んでくる。

「食べよー」

「ありがたいけど、俺、動けないんだよね」

「なんと」

わざとらしく驚いてみせる。誰のせいだよ。

お姉さんが僕を座椅子に座らせる。

「だるいだろうけど、動かせないことはないはずよ」

うーん、スパルタですなぁ……。

「さあ、精神で肉体を凌駕してみなさい」

「動けー動かんかー」

だらりと座って口だけ動かす。

「ぬうぅ……! この子の彼氏だろ! 私の義弟だろ!」

「誰がいつあなたの義理の弟になったんですか」

「あなたが! 昨日よ!」

そんな指さして言わなくても……。

「冷めちゃうよ……」

志乃は呆れながらスプーンを口に運んでいる。

「春海君、私をお義姉さんと呼んでもいいのよ」

「既に呼んでるじゃないですか」

「義理のよ」

「ああ……」

なんだろうなぁ、この人、意外と寂しいのかな。
身内は大事にしてくれるみたいだし、まあいいか。


僕はいつもの倍以上の時間をかけて食事を終えた。
志乃は給湯室で食器を洗っている。

「やればできるじゃない」

お義姉さんは僕に向かって親指を立てた。

「おかげで体力ゲージがマイナスに伸びましたよ」

「そんなゲージ出てないけど」

僕の頭上を見ながら言う。

(ということは、この人は格ゲーの存在を知っているな)

「喩えの話ですよ」

僕は湯呑みに手を伸ばす。

「志乃は、回復までどれくらいかかるんですか」

「いつまでかはわからないけど……しばらく24時間以上は離れない方がいいわね」

「平日はともかく、この土日は……」

「会ったらいいじゃない」

「ご両親が家にいちゃいろいろとまずいでしょうが。俺ん家もそうですよ」

「そうねえ……」

彼女は「人間ってめんどくさー」とつぶやくと、考え込んでしまった。

「今、何時ですか」

時計を探すが、この部屋には見当たらない。

「心配要らないわ。お母様には泊まるって連絡してる」

彼女の手の中には、僕の携帯があった。

「えっ」

「君、私の店でバイトしてることになってるから」

と、携帯を僕の手に握らせる。

「はあああああ!?」

「私、上司。君、部下。妹、部下」

(俺が……ナオミの部屋の住人に……)

「なによ、この世の終わりみたいな顔して」

「そりゃ絶望的な気分にもなりますよ……」

働いている実態がないのだ。
僕の懐事情やバイト経験者のオーラの有無から、すぐばれるに決まってる。

「給料はちゃんと出るわよ」

「そんなおいしい話を俺が信じると思いますか」

「信じるもなにも、実際に働いてもらうんだから払うわよ」

志乃が和室に戻ってきた。

「ありがと、妹。あなたも聞いておきなさい」

志乃は僕の隣に腰を下ろした。
見たところ、身のこなしが軽い。安心した。

「志乃、俺たちはナオミの民になるそうだ……」

「なにそれ」

「あなた達には、私の仕事を手伝ってもらうわ」

――セラピスト兼カウンセラー兼探偵ってところね――

この3択の中から選べと言われても、どれもできそうにない。

「私の仕事には裏もあるの」

(あー、やっぱり)

「君、少しは驚きなさいよ。可愛くないわね」

「ええー、な、なんだってえー」

志乃が僕を軽く肘で突く。まじめに聞けということか。

「まあ、普段の仕事はこのためにやってるんだけどね」

お義姉さんは腕を組んで考えている。
どう説明したものか、悩んでいるんだろう。

「私は殺し屋よ」

吹き出しそうになったがこらえた。

「お義姉さん、それは――」

「ああ、呪い専門よ」

補足してくれたようだが、更に悪い。
志乃は別にショックを受けているわけでもなく、静かに聞いている。

「おねーさん、人を呪い殺すんじゃなくて、呪いを殺すんだよね」

「さすが妹ね。賢い。賢いわよ」

「いや、普通その発想はありませんって」

「ばかね、ここでは常識・非常識の境界はなくなるの」

(ああ、ここはナオミの部屋だったか)

そう思えば、大抵の不条理はそのまま許容されてしまうのだ。

「あなた達は戦わなくていい。調査を手伝ってほしいの」

「俺たちにできるようなことですか?」

「依頼人についた呪いを知らせるから、それの発信源を探すの」

「んなオカルトな」

余計、途方に暮れる。
呪いにGPSがついてるわけでもあるまい。

「ま、仕事がきたら知らせるわ。私も無理はさせない。
 それに、普通の犯罪と違って突発的に起こるものは少ない。
 必ず動機があるから、その分調べやすいはずよ」

「実践が一番」と、彼女は締めくくった。

「私は怖いです」

僕も。
物質的に危険じゃなくても、人の悪意に触れるのは恐ろしい気がする。

「人間不信になったりしない?」

きっと、知らなきゃよかったって思うようなことばかりなのだ、この仕事は。
だからお義姉さんは疑念を持たず守れるものが欲しいんだと思う。

「大丈夫よ。妹は彼を信じてるでしょ」

志乃は答えない。ちょっと照れたように体を動かす。

「人間は複雑。きれいなだけじゃないけど、汚いばかりでもないわ」

志乃は納得したのかしていないのか、僕の肩に頭を乗せて、一度だけ深呼吸をした。

「次の事件から手伝ってもらう。研修ついでに私も同行するから心配要らないわ」

この人は何でもさくさく決めてしまう。
彼女を人間らしくないと思うとき、その根拠は彼女が迷わないことだと思う。

「私は出かけるわ。今夜は帰らないからここで寝てちょうだい」

「おねーさんどこいくの?」

志乃が心配そうに尋ねる。
彼女の仕事を聞いた後なら、見送るのが不安にもなるだろう。

「週末だからね。私も回復するのに血が欲しいから。
 酔っぱらって眠りこけてるおじさま方から、ちょっとずつ頂くの」

今後、泥酔したおっさんに小さな傷があれば、その中のいくつかはお義姉さんの仕業だと思うことにしよう。

お義姉さんは行ってしまった。
ここはオフィス街だ。
きっと何本か離れた通りの繁華街や駅前をうろつくのだ。
夜の街をさまようお義姉さんの姿を想像して、今度は、少しだけなら吸わせてあげてもいいと思った。

しかし、僕の最優先は志乃だ。

「寝よっか」

彼女は僕によりかかったまま、ぽつりと言った。

「そうだな。布団敷いてくれ。俺うごけない」

志乃は立ち上がり、押入を開いた。

「布団、一組しかないみたい」

と、既に敷いてあるものを指さす。

「お約束だな……」

「お約束だね……」

「俺は構わないけどな」

「あ、あたしも構いませんけど!」

僕は這って布団に入る。
志乃が電気を豆球だけ点灯させて入ってくる。

「へ、変なことするなよ!」

「したくてもできません」

僕はそっぽを向く。
わずかに開いたカーテンの隙間から、月が見えた。

「志乃、俺思うんだけどさ」

「なんじゃい」

「お前、言うほど嫌がってないだろ」

「うわー、野暮だなー」

彼女は布団を被ったまま、いやんいやんと身をよじる。

「こらこら、俺から布団取るなよ」

「ごめんごめん」

彼女は笑いながら僕に布団をかける。
その拍子に、肩に胸が触れたが固かった。

「お前、まだサラシ巻いてるのか」

「うん」

「そんなものずっと巻いてるから気分悪くなるんじゃないのか」

「違うよ。体調が戻るのにもっと精気が必要なだけだよ」

「いーや違うね。精気を吸う以前の問題だね」

彼女は不服そうに頬をふくらませる。

「はずしなさい」

「え、やだ」

「君の安眠のためだ」

「はずしたらノーブラになるじゃん」

「なに、お前、普段ブラしたまま寝てるの?」

「もう!そんなんどうでもいいじゃんバカバカ」

「今は周りの目もないだろ。取れって」

彼女は口の中でぶつぶつ文句を言いながらサラシを解いていく。
サラシの端っこがブラウスの裾から出ている。

「あれやってみたいな。こう、引っ張って娘を回すやつ」

「あーれー、ってやつ?」

「そうそれ」

「残念、全部ほどけましたー」

と、丸めたサラシを僕に放る。

「見るなよ!乳首浮いてるから見るなよ!」

「なに、乳頭とな」

「もうやだこの人」

そう言いながら、志乃は僕に抱きつく。
二の腕で志乃の胸がひしゃげる。
覆っているものがブラウスしかないので、感触がかなりダイレクトに伝わる。

「志乃、おっぱいとはすばらしいな」

感慨無量である。

「黙れへんたい」

志乃は戯れながら僕の唇を塞いで黙らせる。

「元気になったな」

「うん」

「よかったな」

「ありがと」

くっそ、かわいいなこのやろう。

「なに、もどかしそうな顔して」

「いやね、ぎゅっとしたいが動かないのよ、腕が」

「ハハハ、こやつめ」

志乃は抱きついたまま、僕に頬摺りする。
僕が動けないと積極的なんだな、こいつは。

「志乃、月」

僕は視線で窓の外を示す。
志乃は僕の視線を追う。

「ほんとだ」

「満月じゃないけどなー」

彼女は少し考えて、思い切ったように

「月がきれいですね」

と言った。

「うんうん。月がきれいですね」

「月がきれいですね!」

彼女は「わかってない」と言いたそうに繰り返した。

「いや、わかってるよ、漱石だろ」

「うふふ」

「こういうのは名月のときがいいんじゃないか?」

「あたしがきれいだって思ったからいいんだもーん」

「そうかもしれないな」

「ふふーん。言ったった言ったったwwwww」

やっと、彼女から花の香りが数時間ぶりに漂い始めた。
初めて、彼女が元気になったんだと思える。
「イランイランは現地の新婚夫婦の初夜の寝室にばら撒かれるそうだ」とは言わないでおいてやろう。
僕は、志乃の寝息を聞きながら、夢も見ないほど深く眠った。


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ciza6sfeuc/白澤カンナ

Author:ciza6sfeuc/白澤カンナ
「人を楽しい気分にさせることは素晴らしいことなんよ」を座右の銘にがんばります。
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